☆治療家と低料金へのこだわり

40年以上前、私の父が、10mの電柱の上での作業中、誤って落下、重傷を負いました。落下した場所が、大型トラックの屋根だったため、それがクッションとなり、一命は取り留めたのです。

2年間、外科に通い、薬を飲み続けましたが、半身麻痺の症状は好転しませんでした。

当時勤務していた電設会社が倒産し、急遽独立して、仕事を請け負い始めた矢先だったため、労災保険等は未加入で。収入は、母の内職のみ。幼児を抱え、父の世話もありましたから、外で働くことは出来ません。1個2〜30銭程度の内職(部品の組み立て等)をしたところで、一家の生活を支えることすら、出来るはずも無く、貯金も底をつき、我が家の生活は、どん底に落ちました。

その状況を救ったのが、栃木県小山市で開業されていた盲目の元軍医でした。治療は、全身をボキボキ鳴らす荒療治。子供の私は、恐怖を感じました。その時の治療費が、2,000円。(今の物価で1万円以上でしょうか?)

私達は、東京に住んでいましたが、父は、親類や知人からお金を借り、東北自動車道も東北新幹線も無い時代、始発電車で、3時間以上かけて通いました。家族のために、必死だったのですね。その結果、1年で無事、社会復帰を果たしたのです。 後に、その治療費は2,500円に値上げされましたが、2,000円という額は、私の治療家を目指す原点としての額になったのです。

しかし、ハッピーエンドまでの極貧の生活は、子供にとって苦痛でした。雨漏りのするボロ家で、畳の代わりに段ボール。主食の米は、「徳用上米」という、鶏の餌にする米に麦。。。

痛みに苦しむ仕事が出来ない収入が減る生活が苦しい

私の幼少時の思いは、誰にも、経験して欲しくないのです。

都心の一等地のテナントで開業したのであれば、1回10,000円以上にしたい仙骨動可法ですが、あの時の気持ちを忘れないために、あえて低料金に設定しているのです。

※補足私は、その荒療治を、治療家になる決意の原点にしているだけで、決して、信仰しているわけではありませんので、誤解なさいませんように。

  



☆自然治癒力の確信

十数年前、私の左足裏に、異変が起きました。以前から、直径5mm程のほくろがあったのですが、それが、気が付くと、20mmの大きさになっていました。妻に指摘され、近くの皮膚科に行くと

「まず間違いなく、皮膚癌だね。紹介状を書くから、すぐ●大学病院に行って」と言われました。その時点では、半信半疑でした。そこで、後日、別の総合病院に行ったのです。

すると、「細胞を検査をしないと確定診断は、出来ませんが、九分九厘皮膚癌に間違いないでしょう。検査で切るついでに、全部切除しましょう。●月■日に手術の予約を入れて下さい」という結果。私が「切らないと、どうなりますか?」と質問すると、「2ヶ月後位には、足首から先を切断することになるでしょう」という、残酷な回答。

当時、結婚2年目、数百万円の負債のあった私は、妻とも相談した上で、負債の返済を優先。「切断するくらいなら、全身転移で死のう」という結論に達し、手術をキャンセル。自然治癒力にかけました。仙骨動可法は、まだ未完成の中、酒・タバコを減らし、粗食に変え、身体のバランス修正に力を入れました。勿論、薬やサプリメント等は、一粒も飲みませんでした。

現在、足の裏のほくろは消失、左足も元気です。健康診断でも異常なし。血液サラサラで、献血でも、誉められる状態です。

例え、皮膚癌の診断が誤診であったとしても、あれ程成長していたほくろが消失したのは、紛れもない事実です。それが自然治癒力でなければ、何なのでしょう。

  



☆人間の作った物は、人間に似る

一昔前のパソコンは、コマンド(プログラムを起動させるための文字)を打ち込んで、様々な作業していました。それが、マウスでクリックするだけで、作業が出来るようになり、最新型では、コンピューターが自動的に、(コンピューター自体の)修復までをも、行うようになっています。

それは、より人間に近くなっていることの証です。人間も、自然治癒力により、自動的に身体が、修復されるように出来ています。だから、医療の無い時代から今日まで、人類が地球上に存在出来ているのです。

ところが、未だに、「痛いところを揉めば治る」といったような常識が、根付いています。自然治癒力と称して、「a骨とb骨を矯正すると、この症状が良くなる」といった技法を伝授し、スクールビジネスを行っている業者もいます。

それは、より古いパソコンを使っていることと同じです。古いコンピューターを使っていると、「よく使ってますねぇ」と笑う人は多いですが、そのような人でも、身体のことに関しては、古典的な治療を、平気で愛好しているものです(^o^;)

 コンピューターは、ある程度まで、自分で自分を修復できる。それを作った人間の身体は、コンピューター以上に、自分で自分を修復出来るはずなのです。

  



☆麦飯事件

私の通っていた中学校は、給食が無く、弁当を持参していました。家計の苦しい我が家は、当然、鶏の餌にする徳用米に麦。母親は、それを隠すために、いつも、パート先の残り物の揚げ玉を載せ、醤油をかけていました。私にとっては、普通だったのですが、中学2年のある時、柔道部に入っていた同級生が

「あれ? 那須んち、麦飯食ってんだ。あはは!おーい、那須んち麦飯食ってるぜ!」と、大声で騒ぎ出しました。それは、今までに経験したことのない屈辱でした。そして、それは、更なる悲劇へと発展し。

その週の倫理社会の時間、担当の先生が、池田勇人元首相の話を始め、その名言「貧乏人は、麦飯を食え」と、話し出しました。すると、間髪入れず、その同級生が、「那須んち、麦飯食ってるんだよ!」と、大声で言ったのです。教室の総ての目が、私に集中したのは、言うまでもありません。

 担当の先生は、「麦飯は体に良いんだ。麦飯を食わないと、パワーが出ない。先生も、しばらく麦飯を食べていないから、食べなきゃいけないな」とフォローはしたものの、中学生に通用する訳がありません。

その日の夜、母に「麦飯のことで、バカにされちゃった」と話すと、「なるべく麦を入れないように、していたんだけどねぇ」と母。私は、「明日から、パンを買って食べるから、100円ちょうだい」 家計の苦しさもわかっていましたが、そうせざるを得ませんでした。

それ以来、私は、弁当を持っていくのを止め、昼を抜くか、パン1個で済ませるようになり、更に、同級生との交流を避けるようになりました。それでも耐えられたのは、今の道を目指していたからに、他なりません。

どんな高校でも良い。高校を出なければ、進学できない。治療家になれないいつも、その信念で、俯きながらの中学時代を送っていました。

そんな私ですが、今は、堂々と麦飯を、主食にしています。今は、米よりも、麦のほうが高いですが、お腹のために。あの頃、マズイと思っていた麦飯ですが、今は、その香りが美味しく感じます。その同級生は、当時でも太っていましたから、中年になった今は、生活習慣病間違いない! 思う存分、苦しめー!(^o^;)